子どもが生まれたら、自分の大好きなスポーツを一緒にやる。 ……これ、世の中のスポーツ好きのお父さんなら、一度は思い描く「夢」ですよね(笑)。
かく言う私も、大のサッカー好き。学生時代から友達とボールを蹴り、ゲーム「ウイニングイレブン」に熱中し、海外まで本場の試合を観戦しに行くほどでした。 だから「男の子が生まれたら、絶対にサッカーをやらせよう!」と企み、息子が歩けるようになると、庭や公園で一緒にボールを蹴り始めました。
そして満を持して「サッカースクール習ってみない?」と切り出したところ……
「絶対やだ〜!!」
見事なまでの即答で、私の夢は秒で散りました(笑)。
その後、彼がドハマりした温水プールでも同じ現象が起きました。2〜3時間ぶっ通しで私と鬼ごっこをし、見よう見まねで泳ぎの練習をするほど大好きなのに、いざ「スイミングスクール通ってみる?」と勧めると、「嫌だ」と全否定。
当時は「なんであんなに遊ぶのは好きなのに、習うのは嫌がるんだろう?」と不思議でした。でも今なら、アドラー心理学の「課題の分離」という考え方で、その理由が痛いほどわかります。
馬を水辺に連れて行くことはできても、水を飲ませることはできない
アドラー心理学の「課題の分離」とは、「これは誰の課題なのか?」を切り分けて考える思考法です。 有名なことわざに「馬を水辺に連れて行くことはできても、水を飲ませることはできない」というものがあります。
- 水辺に連れて行く(環境を用意する)= 親の課題
- 水を飲む(やるかどうか決める)= 子どもの課題
当時の私は、スクールという水辺に連れて行くだけでなく、「さあ、飲め!美味しいぞ!」と、無理やり息子の口を開けさせようとしていたんです。
「親の期待(カリキュラム)」が入り込んだ瞬間、彼にとっての楽しい遊びは「やらされるタスク」に変わってしまい、口を固く閉ざしてしまったんですね。
地獄の「200km自転車旅」と、息子が言語化できなかった感情
では、そんな息子がなぜ今、過酷なロードバイクを自ら続けているのか。 きっかけは、私が自分用に新しくてカッコいい自転車を買ったことでした。(※実は折り畳み自転車だったのですが 笑)
それを見た当時小学4年生の息子が「僕も欲しい!」と言うので、彼にも自転車を買い、週末に2人でサイクリングに行くようになりました。徐々に距離が伸びた頃、私は思い切って「3日間で200km走る旅」を計画しました。
事件は2日目の途中に起きました。 息子が「お尻が痛い……もう走れない」と限界を迎えたんです。近くの漫画喫茶に逃げ込み、1時間以上の休憩。朝出発したのに、目的地に着いたのはすっかり夜でした。
(あぁ、こんな過酷な思いをさせたら、もう二度と自転車には乗らないだろうな……)
そう覚悟して家に帰った私に、息子は目を輝かせてこう言ったんです。
「楽しかった! また行きたい!」と。
最近になって、当時の心境を息子に聞いてみました。すると彼はこう答えました。 「2日目は本当に嫌で、辞めたいと思った。でも、終わったら『またやりたい』と思うんだよね……なぜかはわからないけど」
「Type 2 Fun(第2の楽しさ)」を知ってしまった12歳
実は、スポーツの世界には楽しさを分ける概念があります。 ゲームや遊園地のように「やっている最中からずっと楽しい」のがType 1。
そして、「やっている最中は地獄のように辛いが、終わった後に振り返ると『最高だった、またやりたい』と思う楽しさ」。これがエンデュランス(持久系)スポーツ特有の「Type 2 Fun」です。
息子は、あの過酷な200kmライドで、限界を突破した者だけが味わえる「強烈な達成感(Type 2 Fun)」の味を知ってしまったのです。だから彼は、理由もわからないまま「またやりたい」と本能で感じていたんですね。
「自分のお金で払うから」という覚悟と、親の“下心”
そこからの半年間、息子の熱量は凄まじいものでした。 YouTubeでロードバイクの動画(マサさんなどのチャンネル)を食い入るように見始め、いつの間にか「本格的なロードバイクが欲しい」と言い出しました。
「この前、自転車を買ったばかりだからダメだよ」と突っぱねる私に、彼は信じられない言葉を返してきました。
「今まで貯めた、自分のお金で払うから……だめ?」
小学生が、自分の貯金をはたいてでも欲しいと言う。親から言われたからではなく、自分自身の意志で「水を飲んだ」瞬間でした。
ただ、ここで綺麗事だけで終わらせないのが、我が家の泥臭いところです(笑)。 ロードバイクを買った後、私は息子にこう囁きました。
「せっかく買ったんだから、レース出てみない? 小学生でロードやってる子なんて少ないから、スクール入ったら絶対1番になれるよ!」
見事に乗せられた息子は「わかった!」と答え、今に至ります。 正直に告白すると、父親として「何かに真剣に打ち込んでほしい」という強い下心が混ざっていました。
▼ スクールに入った後、親が『AI』を壁打ちにして専用メニューを組んだ裏話はこちら

「子どもがやりたいと言うまで待つ」という課題の分離はベースとして大切です。 でも、幼少期から親と二人三脚で歩んできた卓球や体操のトップアスリートたちのように、親が熱心に『そのスポーツに出会う環境(水辺)』を用意し、少し背中を押してあげることも、同じくらい重要だと思うんです。
環境(水辺)を用意するのは親の仕事。 でも、自分のお金を出してでも、地獄のような練習の後に「またやりたい」とペダルを回し続けるのは、間違いなく息子の「自分のエンジン」です。
これからも、水辺の用意と見守りのバランスを、泥臭く探っていこうと思います。
▼ 自分の自転車を買った後、ゲーム漬けだった息子が『覚醒』するまでの泥臭い軌跡はこちら


コメント