これまで、ロードバイクという未知の世界に挑む息子の話ばかり書いてきましたが、実は我が家には上に高校生の娘がいます。 弟と違って、親が口うるさく言わなくても宿題をこなし、波風立てずにスルスルと育ってきた「手のかからない長女」です。
そんな彼女が、ある日「もっと上の大学を目指したいけど、今の塾のままでいいのかな……」とポツリと悩みをこぼした時のこと。 私の中の「お節介な料理人」が、過去最大級の勢いでエプロンを引っ張り出してきました。
「だったら、実績のあるあの塾に変えなさい!」 「パパが手続きしてあげるから、明日からそっちに行きな!」
喉元まで、いや、もう口の端まで出かかったその言葉を、私は必死に飲み込みました。
息子のロードバイクのような「親が歩んだことのない道」と違って、受験や塾選びという「王道のルート」は、私たち親自身が経験してきた道です。だからこそ、「こっちの道(塾)を選んだ方が絶対に効率がいいし、将来のためになる」という正解が、痛いほど分かってしまうんですよね。
「失敗させたくない」「少しでも有利な環境を与えてあげたい」という、親の強烈な下心。自分で歩んできた道だからこそ、彼からフライパンを奪い取って、私が代わりに極上の料理を作ってあげたくてたまらなくなります。
▼ そもそも、なぜ私が子育てにおいて「親は料理人になってはいけない(フライパンを奪うな)」と強く意識しているのか。その根幹となるマネジメント哲学はこちらの記事で解説しています

一番手を出したくなるこの「王道のライフイベント」において、私がどうやってグッとこらえ、娘自身の決断を待ったのか。 今回は、我が家の「親のマネジメント術」が、特殊なスポーツの世界だけでなく、身近な受験や進路選択にもしっかり効くというお話をしたいと思います。
娘の壁と、親自身の「成功体験」という呪縛
「もっと上の大学に行きたいんだけど、今の塾のままでいいのかな……」 高校生の娘がポツリとこぼしたその悩みを聞いた瞬間、私の頭の中には、ある過去の記憶が鮮明に蘇っていました。
それは、私自身の「中学3年生の春」の記憶です。 当時、近所の塾に何となく通っていた私は、どうしても行きたい志望校を見つけました。すると私の母は熱心に情報を調べ上げ、「その高校に行くなら、電車に乗ってでもこの進学塾に通いなさい」とレールを敷いてくれたのです。その結果、私は見事に第一志望に合格できました。
「親が熱心に調べ、環境を変えさせたことで成功した」 私には、この強烈な原体験があります。だからこそ、娘が今ぶつかっている壁に対して、私が代わりに良さそうな塾を調べ上げて、「ここにしなさい!」とエプロンをつけて手取り足取り導いてあげたくなってしまうのです。
親が提示したのは「塾の名前」ではなく「考え方」
しかし、私は「お節介な料理人」ではなく、「仕入れ担当(マネージャー)」です。ここで私が塾を決めてしまったら、娘の自律心を奪うことになります。
だから私は、具体的な塾の名前は一切出さず、厳しい「ファクト(事実)とロジック」だけをテーブルに置きました。
「志望校に行きたいなら、やっぱりそこの合格者を出している塾がいいと思うよ。志望校のレベルが高いなら、今までと同じ簡単な問題を解いていても、今の延長線上の大学にしか行けない。1歩、2歩成長したいなら、今までと違う環境で違うことをやらないとダメだ。それを踏まえて、自分で塾を探してごらん。相談にはいくらでも乗るから」
すると娘は、自分で友達に聞き込みをし、自転車で通える範囲にある「行きたい大学への合格実績がある塾」を自ら見つけてきたのです。
綺麗事じゃない。決断を迷う娘を見守る「地獄の我慢比べ」
ここからが、親としての我慢のしどころでした。 娘は自分で探してきた塾の体験授業に行ったものの、いざ慣れ親しんだ環境を変えるとなると心理的ハードルが高く、「どうしようかな……」とまだ迷っていました。
その姿を見ていると、私の胃はまたしてもキリキリと痛み出します。
(そこまで来てるんだから、パパが『そこに変えなさい』って決めてあげようか?) (私が背中をドンと押してあげた方が、この子は楽になるんじゃないか?)
自分の母親がしてくれたように、私が決断のボタンを押してしまいたい。喉元まで出かかったその言葉を、私は奥歯をギリッと噛み締めて飲み込みました。 私がここで決めてしまったら、新しい塾で壁にぶつかった時、確実に親のせいにしてしまいます。
私はただ、もう一度だけフラットな事実を突きつけました。 「成長するには、何かを変えないと今までの延長線上の大学にしか行けないよ。……それでもいいの?」
その言葉にハッとした娘は、数日後、自分の口で「自分で見つけた塾に変わる」とはっきりと決断しました。彼女が自分の人生のフライパンを、しっかりと自分の両手で握り直した瞬間でした。
【親のためのマネジメント視点】今日の気づきとメソッド
子育てをしていると、親自身が経験してきた「受験」のような王道の道ほど、つい「正解」を教えたくなってしまいますよね。「こっちの塾の方が絶対いいのに」とヤキモキする気持ちは、私も経験者なので痛いほどよく分かります。
今回、息子のロードバイクという「未知の道」だけでなく、娘の大学受験という「王道の道」でも痛感したのは、「情報(考え方)の提示」と「最終的な決定」を完全に分離することの威力です。
▼ ちなみに、この「情報と決定の分離」を息子のロードバイク(レース辞退)で実践し、親の私が胃がちぎれそうになった泥臭いエピソードはこちらです(笑)

親が「この塾にしなさい」と決めて背中を押してあげるのは、実はとても簡単です。でも、親がレールを敷いてしまうと、子どもは心のどこかで「やらされ感」を持ち、新しい環境で壁にぶつかった時に「親に言われたからだ」と逃げ道を作ってしまいます。
「今のままでは、今の延長線上の結果しか出ないよ」という事実(素材)と、物事の考え方をテーブルに置くところまでが、親の仕事。 そこから先、どの塾を選ぶか、本当に環境を変えるのかという最後のボタンを押すのは、子ども自身の仕事です。
スポーツという特殊な世界でも、身近な受験や進路選択でも、本質的な「自律のためのマネジメント」は全く同じなんだなと、自分で塾を決めた娘の背中を見て改めて気づかされました。
もし今、お子さんの選択に対して「正解」を教えてあげたくなっているなら。 あえて答え(具体的な名前)は言わず、「考え方」だけを渡して、少しだけ胃を痛めながら(笑)、子どもが自分で決断するのを一緒に待ってみませんか?
その「自分で決めた」という経験こそが、どんな有名な進学塾よりも、子どもの人生を力強く支えてくれるはずです。

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