「今日こそは、何がなんでもあの場所に連れて行ってやる……!」
朝から私の中の「お節介なマネージャー」が、ドロドロとした執念を燃やしていました。 実は息子には、ロードバイクスクールの中で、どうしても行きたがらない練習場所がありました。それは、広い駐車場を貸し切って行われる特設の練習場です。
なぜそこを避けるのか。理由は明確でした。 ちょうど1年前のスクールに入りたての頃、彼はそこで限界まで無理をして激しく嘔吐し、コーチや周りの生徒さんに迷惑をかけてしまったのです。
それ以来、その場所は彼にとって完全に「トラウマの地」となっていました。
今回、久々にその場所での練習日が回ってきました。 数日前から「また吐くかもしれない。絶対に行きたくない」と暗い顔をする息子。親としては、「過去から逃げてちゃダメだ!気合で行け!」と首根っこを掴んででも引っ張っていきたい下心でいっぱいでした。
しかし、強引なマイクロマネジメントが全く通用しないことは、これまでの経験で痛いほど分かっています。
▼ 「気合いだ!もっと踏め!」と強引に背中を押した結果、息子の膝を壊してしまった私の痛烈な大失敗の記録はこちら。この猛省があったからこそ、今回は違うアプローチが必要でした。

今回は、過去のトラウマにより、開始前にもかかわらず心拍数がいつもの1.5倍に跳ね上がるほど恐怖に震える息子の背中を、親が「完璧な言い訳(逃げ道)」を用意することでどうやって押し出したのか。
綺麗事ゼロでお届けする、泥臭いトラウマ克服のドキュメンタリーです。
「行きたくない、また吐く」数日前から始まった親子戦記
練習日の数日前から、我が家の空気は重く沈んでいました。
「あの場所には行きたくない。また吐くかもしれない。もうやめていい?」 息子は暗い顔で、何度も何度もそう繰り返していました。
親としては、喉まで「何を弱気なことを言ってるんだ!男なら一回失敗したくらいで逃げるな!」という言葉が突き上げてきます。 でも、それを言えば最後、彼は心を閉ざし、本当に自転車を降りてしまう。私の中の「強引なマネージャー」を必死に抑え込み、彼が納得して一歩を踏み出すための「逃げ道」を必死に探しました。
私は彼にこう言いました。
「最近体調を崩して本調子じゃないんだから、今日うまく走れなくて当然だよ。周りに『病み上がりなんで』って言い訳しやすい絶好のタイミングじゃん。吐きそうになったらすぐ止めていいし、最初からうまくやろうと思わなくていい」 「でもね、今日行かないと、いつまで経ってもあそこを走れなくなるよ」
「失敗してもいい理由」を親が自ら用意してあげる。 この心理的なセーフティネットがあったからこそ、彼は涙を飲み込んで「……わかった。行くよ」と、重い腰を上げたのです。
▼ 以前、練習不足を理由に「レースに出ない」と逃げた息子に対し、無理に背中を押さず「撤退」を受け入れたエピソードがありました。本人のプライドと恐怖にどう寄り添うか、親の葛藤の記録です。

到着、そしてパニック。走り出す前に「全力疾走」に達した身体
広い駐車場を貸し切った練習場に到着すると、現実はさらに過酷でした。
メニュー自体は集団走行の技術練習で、速度もそこまで速くなく、他の生徒たちはリラックスした様子で準備を進めています。 しかし、息子だけは別世界にいました。
彼はスポーツ心臓で普段の心拍数はかなり低いのですが、サイクルコンピューターに表示された数値は、まだペダルを1回転もさせていないにもかかわらず、いつもの1.5倍以上に跳ね上がっていました。
それは、彼が全力疾走をしている時に近いくらいの強烈な数値でした。 目には見えませんが、彼の身体は1年前のトラウマを呼び起こし、完全なパニック状態に陥っていたのです。
傍で見守る私にも、彼の胸の鼓動が聞こえてきそうなほど、張り詰めた空気が漂っていました。
吐き気に耐えた1時間。パフォーマンスを超えた「挑戦」の価値
いざ練習が始まっても、息子の表情は石のように硬いままでした。 トラウマによる極度の緊張からか、途中で本当に気分が悪くなり、「吐きそう……」と顔面蒼白になる場面もありました。
(ああ、やっぱり無理させたか。もう止めさせた方がいいのか?)
ハラハラしながら見守る私。しかし、息子は自分から「やめる」とは言いませんでした。
数日前に私が渡した「体調が悪いからできなくて当然」という言い訳を、彼は「逃げるため」ではなく、「現場に踏みとどまるため」に使っていたのです。
結局、彼はふらふらになりながらも、1時間の練習を最後まで逃げずに走り切りました。
技術が向上したわけでも、タイムが上がったわけでもありません。 でも、私にとっては、彼が「1年前に逃げ出した場所に立ち続け、自分の中の恐怖と1時間戦い抜いたこと」自体が、どんな勝利よりも価値のある挑戦に見えました。
安堵とオンラインゲーム。乗り越えた後の「ご飯作り」
帰りの車内、息子は疲れ果て、泥のように眠っていました。極度の緊張と恐怖から解放され、心身ともに限界だったのでしょう。
「もう絶対にあそこには行かない」と口では文句を言っていましたが、家に到着すると、彼の態度は一変しました。
憑き物が落ちたように饒舌になり、安心した表情で今日の出来事をたくさん話し始めたのです。それどころか、「今日のお昼、僕が作るよ」と、普段はめったにやらない昼食作りにまで挑戦してくれました(もちろん親が隣でサポートしながらですが)。
自分で作ったご飯を普通に平らげ、午後には友達とボイスチャットを繋いで、ゲラゲラ笑いながら元気にオンラインゲームを楽しんでいました。
そのリラックスした姿を見て、私は確信しました。 今日、彼は「吐かずに最後までやり切った」という強烈な成功体験を手に入れたのだと。
息子からは「もう行かない」と言っていますが、「あの場所で生き残った」という事実が、次回同じ場所で練習がある時の最大の勇気になるはずです。
【親のためのマネジメント視点】今日の気づきとメソッド
子育てもビジネスも、過去に大きな失敗やトラウマを抱えたメンバーに対して、「気合で乗り切れ」「みんな普通にやってるぞ」と正論をぶつけるのは逆効果になりがちです。
恐怖で心拍数が跳ね上がっている(パニックになっている)相手に正論を突きつけても、さらに追い詰めるだけだからです。
今回私が学んだのは、「あえて完璧な『言い訳(逃げ道)』を用意してあげること」の重要性でした。
「体調不良だからできなくて当然」「病み上がりだから周りも分かってくれるし、いつでもやめていい」。 このハードルを極限まで下げるアプローチ(心理的安全性の確保)があったからこそ、彼は「それなら……」とスタートラインに立つことができました。
マネージャーの役割は、メンバーの首根っこを掴んで無理やり走らせることではなく、本人が自分の足で一歩を踏み出せるように「失敗しても大丈夫な理由」をデザインしてあげることなのかもしれません。
▼ 親は無理やり走らせる「料理人」ではなく、最高の環境と心理的安全性を提供する「仕入れ担当」に徹するべき。私がたどり着いた子育てマネジメントの結論はこちらの記事で解説しています。

もし、トラウマや失敗を恐れて動けなくなっている部下や子どもがいたら。
「頑張れ」と背中を叩く代わりに、「今は本調子じゃないんだから、ダメで元々だよ」と、ふっと肩の力が抜けるような逃げ道を作ってあげてみてください。その小さな安心感が、時に見えない恐怖を乗り越える原動力になるはずです。

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