「ゲームやってて、何か役に立ったことある?それで飯食えると思ってるの?自分の人生だから好きにしろ!もう知らん。」
ガチャガチャと荒々しい音を立てながら、せっかく準備した重い3本ローラーを片付ける私。 背後では、親の「ガチギレ」の空気を察した中学生の息子が、慌ててゲームの電源をブチッと切り、逃げるようにお風呂場へと小走りしていく足音が響いていました。
前回の記事で、私は「息子の成績が絶望的でも、彼の底力を信じて待つ」と、いかにも対人支援のプロらしい立派な決意表明をしました。
▼ わずか数日前に私が書いた、赤面するほど立派な「対人支援のプロとしての決意表明」はこちら。この崇高なマネジメント論が、この後あっけなく崩壊します。

しかし、白状します。 あの崇高な「待つマネジメント」は、日常の些細な出来事の前で、あっけなく音を立てて崩れ去りました。
事の発端は、私のちょっとした「親の下心(期待)」でした。
「今日、自転車の練習するの?」という私の問いに、「するから3本ローラー用意しておいて」と答えた息子。 (よしよし、自分からやる気になったか)と内心ほくそ笑みながら、私は重い機材をリビングにセッティングしました。
しかし、待てど暮らせど彼が自転車に乗る気配はなく、部屋に響き続けるのは無情なゲームの電子音だけ。 そして、ついに親の就寝時間がやってきた時——私の中の何かがブチッと千切れ、絶対に言ってはいけない「最低の捨て台詞」が口を突いて出てしまったのです。
今回は、多様なスタッフを束ねるサイトマネージャーの理性が、息子のゲーム三昧と親の勝手な期待(エゴ)の前であっけなく崩壊し、暗い寝室で猛烈な自己嫌悪に陥った夜の、泥臭いドキュメンタリーをお届けします。
裏切られた期待。鳴り響くゲーム音と静かに沸騰するマグマ
リビングの真ん中に鎮座する、準備万端の3本ローラー。 私は内心、「あいつ、自分から練習すると言ったな。少しずつアスリートとしての自覚が芽生えてきたのかもしれない」と、親としての淡い期待(下心)を抱きながら、機材の準備をしていました。
しかし、時計の針が進んでも、一向に彼が自転車にまたがる気配はありません。 息子の部屋からは、相変わらずゲーム機の無機質な電子音と、オンラインのボイスチャットで盛り上がる息子の声が聞こえてきます。
最初は「まあ、キリの良いところまでやったら始めるだろう」と余裕ぶって待っていましたが、時間が経つにつれて、私の中の感情が徐々に黒く濁り始めました。
(おいおい、いつまでやってるんだ?) (こっちはわざわざ重いローラー台を出して、お前のためにセッティングしてやったんだぞ?)
「見守る」と決めたはずの私の頭の中で、「せっかく準備してやったのに」という恩着せがましい感情と、「結局、口だけじゃないか」という失望が入り混じり、マグマのように沸点へと近づいていくのを感じていました。
沸点到達。喉から飛び出した「最低の捨て台詞」と息子
そして、ついに親の就寝時間がやってきました。 一度もペダルを回されることなく放置された3本ローラーを見た瞬間、私の中で張り詰めていた理性の糸が、ブチッと音を立てて切れました。
私はローラー台に手をかけながら、背中越しにゲームを続けている息子に向かって、言ってはいけない言葉を機関銃のように浴びせかけました。
「ゲームやってて、何か役に立ったことある?それで飯食えると思ってるの?自分の人生だから好きにしろ!もう知らん。」
親として、いや、大人として最も卑怯な「突き放し(育児放棄ワード)」です。
私のマジギレした空気を背中で察知した息子は、「あ、ヤバい」という顔をして即座にゲームの電源をブチッと切り、何も言い返さずに逃げるようにお風呂場へと小走りしていきました。
残された私は、重い3本ローラーをガチャガチャと荒々しい音を立てて片付けながら、猛烈な自己嫌悪の波に飲まれていました。 暗い寝室に入り、天井を見上げながら(あぁ、またやってしまった。一番言ってはいけない言葉をぶつけてしまった……)と、自分の未熟さに打ちひしがれる惨めな夜でした。
プロの視点による反省。「怒り」の裏にあった本当の感情
私は普段、多くのスタッフを束ねるサイトマネージャーとして働いています。職場で部下が思い通りに動かなかったとしても、「もう知らん、好きにしろ」なんて感情的に突き放すことは絶対にありません。 それなのに、なぜ我が子に対しては、一瞬で理性が吹き飛んでしまうのか。
キャリアコンサルタントとして、あの夜の自分の感情を冷静に解剖してみて、ハッとしました。
あの時、私がブチギレた本当の理由は、「彼が練習しなかったから」ではありません。 「私がわざわざ準備してやった(親の愛情と期待)のに、それを無下にされた(ように感じた)」からです。
要するに、「親の勝手な見返り」を求めていた自分が裏切られて、悲しかったのです。
勝手に期待して、勝手に準備して、勝手に裏切られたと腹を立てて、「もう知らん」と彼に責任を押し付ける。 これほど身勝手でダサい大人はいないと、自分のエゴの醜さに直面させられました。
▼ 親は手取り足取り教える「料理人」ではなく、ただ環境を整える「仕入れ担当」であれ。頭では分かっているはずのこの基本マインドを、私自身が一番忘れていました。自戒を込めて、私のマネジメントの原点となる記事を置いておきます。

完璧な親(リーダー)なんていない。泥臭いトライ&エラーの誓い
「待つマネジメント」とは、一度頭で理解して決意すれば、翌日から魔法のようにできるものではありません。 3歩進んで、今回のように大きく2歩(いや、5歩くらい)下がる。その泥臭い自己嫌悪の連続です。
子どもに最悪の捨て台詞をぶつけてしまい、落ち込む夜もあります。 でも、そこで「自分はダメな親だ」と諦めるのではなく、自分のダサい本音(期待と見返り)を認め、「よし、明日は今日より5分長く黙っていよう」「次はローラー台の準備を本人にやらせてみよう」と、次の一手を考えて実践し続けるしかありません。
職場のマネジメントも、家庭での子育ても、結局は泥臭いトライ&エラーの繰り返しです。
完璧な親になんてなれない。 それでも、不器用ながらに伴走し続けるひとりの父親として、今日もまた、胃を痛めながら「待つ」練習を続けていこうと思います。
▼ 追記:親の「エゴと期待」を仕組みで制御するために
頭では分かっているのに、つい「せっかく準備してやったのに!」という見返りを求めて感情的になってしまう。このドロドロした親の感情(エゴ)を、どうやって子どもの課題から完全に切り離す(デカップリングする)のか。
私が対人支援のプロとして、そしてサイトマネージャーとして、泥臭い自己嫌悪とトライ&エラーを繰り返しながら構築してきた「マネジメントの仕組み」をひとつのコンテンツにまとめました。
私のように最悪の捨て台詞を吐いて後悔した夜がある親御さんにとって、少しでも冷静さを取り戻し、親子関係の致命傷を防ぐためのインフラになれば幸いです。


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