「やりなさい」を捨てた父の記録。正論じゃ動かない思春期を戦略的に「待つ」アジャイル子育て

【前編】「練習しなさい」を1年間飲み込み続けた父。ゲームばかりだった小学生が、自ら「自分のエンジン」をかけるまで

休日の朝。 我が家のゲーム部屋からは、ヘッドセット越しにオンラインゲームの仲間と爆笑する息子(当時小学6年生)の声が響いてきます。

画面の中のバトルには全集中しているのに、玄関に置かれたロードバイクはポツンと手持ち無沙汰なまま……。

実は以前、ゲームの制限時間を設けていた時期もありました。でも、時間が来るたびに親子喧嘩が勃発。共働きということもあり、結局は制限を設けることを諦めました。 その結果、休日は朝から晩まで、時には22時までゲームの世界にどっぷり浸かるのが彼の日常に。

それでも、ロードバイクのスクール(室内練習)に行くこと自体は楽しみにしているんです。仲間やコーチとワイワイ話す空間は大好きなんですよね。

ただ、「家でも少し練習しようか?」と声をかけても、「今、友達とゲームしてるから無理!」と即答される毎日。 親としては「練習しないと上手くならないのになぁ…」と、焦りばかりが募っていました。

目次

奮起を狙った父の、見事な「空回り」

「言葉で言ってダメなら、親の背中を見せるしかない!」

そう意気込んだ私は、自分自身が200kmのロングライドイベント(ブルベ)に出場すると息子に宣言しました。 息子の目の前で、家の中で3本ローラーを必死に回し、休日には1人で外へ出て4時間ほど走り込む。

「親が本気でペダルを回す姿を見せれば、きっと彼の中の何かが刺激されるはずだ!」……そう信じて疑いませんでした。

しかし、その期待は見事に外れました(笑)。

職場でのマネジメントと、我が子へのマネジメントは勝手が違います。

私の熱量をよそに、息子の視線は相変わらずモニターに釘付け。「職場なら『上司の率先垂範』って褒められるのになぁ…」と思わずため息をつきたくなりました。

今振り返ると、集団走行についていけず自信を失いかけていた彼にとって、200kmという目標に向けて走り込む父親の姿は、「凄すぎて参考にならない」どころか、「自分との差を見せつけられるプレッシャー」になっていたのかもしれません。見事なまでの空回りでした。

車内での「諦め」と、離れていく小さな背中

そんなある日、スクールの集団走行練習に向かう車内でのことです。 助手席に座る息子が、ぽつりと呟きました。

「今日は多分、ついていけないわ……」

走る前から、すでに諦めモードの声でした。 そして案の定、その日の練習で彼は、小学生中心の集団から一人だけ千切れ、どんどん遅れていってしまったんです。

前を走る集団の背中を見つめながら、一人ぼっちでペダルを回す彼の小さな背中。

親として、これほど見ていて胸が締め付けられる光景はありませんでした。

強がりの裏にある「悔しさ」と、私が飲み込んだ正論

練習が終わった後、彼は「何とも思ってないよ」と笑ってみせました。 でも、それが強がりであることは、痛いほど伝わってきます。彼の心の奥底には、確かな「悔しさ」が滲んでいました。

「だから家で練習しろって言っただろう!」

正論は、喉のすぐ下まで出かかっていたんです。これを言ってしまえば、親としてはスッキリするかもしれません。一時的に無理やりローラー台に乗せることもできたでしょう。

でも、それを言えば、彼はきっと自転車そのものを嫌いになってしまう。彼の繊細なプライドは完全に折れてしまいます。

だから私は、その正論をグッと飲み込みました。

「少しでも乗れれば、前進できるからいいよ」 トーンダウンして、ただそれだけを伝えました。親の力で無理やり引っ張るのではなく、彼自身の内側から「自分のエンジン」がかかるのを待つしかなかったんです。

まさかこの後、コーチのふとした一言をきっかけに、彼が劇的な変化を遂げるとは、この時の私は知る由もありませんでした。

(【中編】へ続く)

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この記事を書いた人

ロードバイクに打ち込む中学生の息子の伴走記録と、親のメンタルサポートについて発信しています。50名を率いるマネージャーとしての経験を活かし、息子の「専属メカニック兼メンター」として奮闘中!

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