現在、私とAI(Gemini)を相手に、いっちょ前にトレーニング理論を実践している息子ですが、最初からそんなにタフだったわけではありません。
▼ 今でこそ、親がAIを使って仕入れた「マニアックな専用メニュー」を黙々とこなすタフな中学生ですが、ここに至るまでには泥臭い原体験がありました。

彼が小学校5年生の時。初めて自分のロードバイクを買い、初めて挑んだ自転車旅が、サイクリストの聖地「しまなみ海道(100km)」でした。
大阪南港から深夜フェリーに乗り込み、お風呂に入って名物の鯛めしを頬張る。まるで遠足気分で、親の私も「ロードバイクって最高だな」と完全に浮かれていました。
しかし、朝7時に愛媛県の東予港を出発し、最初の絶景ポイントに到着した瞬間、息子の顔からスッと血の気が引くことになります。
今回は、現在の息子を形作っている「強烈な原体験」と、親の理屈が全く通用しなかった泥臭い100kmのドキュメンタリーをお話しします。
「タクシーで行こう」巨大な橋と、60分のトイレストライキ
東予港を出発して25kmほど。途中の道の駅で酸っぱいみかんを食べながらご機嫌でペダルを回していた私たちは、愛媛と島を結ぶ最初の巨大な吊り橋、「来島海峡大橋」のふもとに到着しました。
見上げるほど高く、はるか彼方まで続く巨大な人工物。 それを見た瞬間、高所が苦手だった息子は完全にフリーズしました。
「……あの橋渡るの、無理やって」 「マジで無理やから、タクシーで行こう。本当、無理〜!」
そして、「お腹痛いからトイレ!」と叫んで駆け込み、そこから出てこなくなりました。
ここからが、親である私との「地獄の我慢比べ」の始まりです。
葛藤:引きずり出すか、それとも信じて待つか
トイレの外で待つ私の頭の中は、焦りでいっぱいでした。
今日中にゴールの尾道まで着かなければならない。逆算すると、一刻も早く出発したい。5分おきにトイレのドアを叩いて、「いい加減にしろ!引きずり出すぞ!」と怒鳴り散らしたい衝動に何度も駆られました。
でも、そのたびに自分に問いかけました。
「ここで無理やり泣きながら走らせて、目標を達成して何になる?」 「もし、これで彼が自転車を大嫌いになって、二度と乗らなくなってしまったら……?」
私の一番の願いは、今日尾道に着くことじゃない。これからも息子と一緒に、楽しく自転車に乗り続けることだ。 そう思い至った瞬間、私は腹をくくりました。
▼ 目先の目的(完走)のために親が焦って『早くしろ!』と怒鳴り散らすのは三流のマネジメントです。私がプレイングマネージャー(料理人)になることを全力で戒めている理由については、こちらの記事で詳しく語っています。

「よし、何時になってもいい。夜になってもいいじゃないか。彼が自分で納得して出てくるまで、気長に待とう」
結局、合計60分のトイレストライキを経て、息子は自ら諦めたように、泣きそうな顔で自転車に跨りました。
最初はノロノロと怯えながら橋に入っていきましたが、真ん中あたりまで来ると、スッと顔つきが変わりました。
「あれ? 意外と平気かも」
それまで普通のサイクリングでも「端っこは怖い」とノロノロ走っていた彼が、この巨大な橋を自力で渡り切ったことで、嘘のように恐怖心を克服したのです。
限界の35km地点。現れた「謎の白人ライバル」
しかし、しまなみ海道の洗礼はここからでした。
アップダウンが激しい島のコースは、小学5年生の体力を容赦なく奪っていきます。35kmを過ぎたあたりで、息子はもうヘトヘト。ふらふらと蛇行し、いつリタイアしてもおかしくない状態でした。
そこに、レンタルのクロスバイクに乗った25歳くらいの白人男性が、スラーッと息子を追い抜いていきました。
その瞬間、息子の目の色が変わりました。なぜか強烈な「悔しさ」に火がついたのか、猛然とペダルを踏み、そのお兄さんに食らいついていったのです。
バテて倒れ込んでは、横をそのお兄さんが通り過ぎ、またゾンビのように息を吹き返して後ろにピタリと張り付く。
親の励ましなど一切効かなかった限界の状態で、この「謎のライバル」という外部刺激が、息子をなんと75km地点まで引っ張ってくれました。
あとの25kmは「初めての100km」という称号への憧れで走り抜き、夕方、ついにゴールの尾道へ。ボロボロになった息子の顔には、親の私でも驚くほどの「やり遂げた自信」が満ち溢れていました。
【親のためのマネジメント視点】今日の気づきとメソッド
今回の「トイレでの60分間」は、私にとっても大きなマネジメントの学びとなりました。
1つ目は、「目先のスケジュールより、長期的なエンゲージメント(愛着)」を優先すること。 ビジネスでも、締め切りを守らせるために部下を詰め、結果的にその仕事を嫌いにさせてしまったら元も子もありません。「何時になってもいい」と待つ余裕が、結果的に相手の「自分で一歩踏み出す勇気」を育みます。
2つ目は、「恐怖の9割は、実行する前の妄想である」ということ。 巨大な橋(困難)を前に腹痛を起こすのは、脳が勝手に作り出した恐怖です。でも、いざ真ん中まで行ってしまえば、世界は変わります。最初の一歩を「自分の意志で」踏み出させた経験は、一生モノの自信になります。
3つ目は、「内発的動機が尽きたら、外部刺激(ライバル)をハックしろ」ということ。 親がどれだけ言葉を尽くしても動かない時は、環境に刺激(白人のお兄さん)を放り込む。ライバルやゲーム性が、眠っていた予備タンクを開く鍵になります。
あの時、トイレの前で奥歯を噛み締めて待った60分間があったからこそ、今の「ロングライド好きの息子」がいる。
「待つ」という行為は、時にどんな指示よりも強力なマネジメントになるのだと、改めて気づかされた旅でした。

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